大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

最高裁判所第三小法廷 平成元年(行ツ)91号 判決 1991年3月19日

大阪府東大阪市東石切町五丁目九番二号

上告人

株式会社日研工作所

右代表者代表取締役

松本政一

右訴訟代理人弁護士

牛田利治

白波瀬文夫

内藤早苗

同弁理士

安田敏雄

奈良県生駒市北田原町一一六四番地

被上告人

ジーエヌツール株式会社

右代表者代表取締役

西村隆侑

右訴訟代理人弁護士

深井潔

同弁理士

辻本一義

泉克文

右当事者間の東京高等裁判所昭和六三年(行ケ)第二七〇号審決取消請求事件について、同裁判所が平成元年五月二五日言い渡した判決に対し、上告人から全部破棄を求める旨の上告の申立てがあった。よって、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人牛田利治、同白波瀬文夫、同内藤早苗、同安田敏雄の上告理由について

論旨は、その第一点において原判決に意匠法一〇条一項、二二条、五〇条二項の解釈適用を誤った違法があるといい、また、第二点ないし第五点において原判決に同法三条一項三号の解釈適用を誤った違法があるというが、原判決が、その説示にかかる本件意匠の切刃部先端の具体的構成態様をもって、需要者である看者の注意を惹くに足り、本件意匠の要部を成すものであるとし、引用意匠と共通する基本的構成態様が起こさせる美感に埋没することなく、本件意匠の独自の美感を特徴づけているとした上、切刃部先端の具体的構成態様において引用意匠とは明らかな差異がある以上、本件意匠は引用意匠に類似すると認めることができず、本件審決を取り消すべきものとした認定判断は、その挙示する証拠及び説示に照らし、正当として是認することができ、その過程にも所論の違法は認められない。論旨は、第四点につき審理不尽をいう点を含め、すべて採用することができない。

よって、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 可部恒雄 裁判官 坂上壽夫 裁判官 貞家克己 裁判官 園部逸夫 裁判官 佐藤庄市郎)

(平成元年(行ツ)第九一号 上告人 株式会社日研工作所)

上告代理人牛田利治、同白波瀬文夫、同内藤早苗、同安田敏雄の上告理由

第一.原判決は、意匠法の解釈適用について判決に影響を及ぼすべき明らかな法令の違背がある.

第二.原判決の事実認定は次の通りである.

一.原判決は、本件意匠と引用意匠(甲第七号証、判決別紙第二の意匠)との共通点について、次の通り認定している.

(一) 「本件意匠と引用意匠とは意匠に係る物品を『リーマ』とする点において共通する」(原判決第一二丁裏九~一〇行).

(二) 本件意匠の基本的構成態様について

「基部は、物品全長の約五分の二を占め、後端に向かってややテーパをつけた円柱形であって、その後端の部分(基部の長さの約六分の一)は正面及び背面をえぐりとって約三分の一の厚さの板状に形成されている.基部に続けて設けられている軸部は、基部よりやや細めの円柱形であり、やはり物品全長の約五分の二を占めている.軸部に続く切刃部は、物品全長の約五分の一を占める部分であって、頂部が鋭い逆V字形に尖った四条の螺旋突条(切刃)を、約六〇度のねじれ角度で設けたものである.なお、切刃部の正面及び平面には、切刃の六条の山線が並行に現れる.」(原判決第一二丁表三行~裏一行)

「引用意匠は『ブローチリーマ』と題され別紙第二に示されているとおりのものであって、その基本的構成態様、すなわち円柱形の基部の後端をえぐって板状とし、基部に続く軸部は基部よりやや細めの円柱形とすると共に、先端に螺旋突条の切刃部を設ける構成の態様は、本件意匠の基本的構成態様と共通するものと認められる.」(原判決第一二丁裏二~八行)

(三) 本件意匠と引用意匠の切刃部の具体的構成態様について、

「両意匠は切刃の数及びそのねじれ角度においても、ほぼ共通していることが認められる.」(原判決第一三丁表一〇行~裏一行)

二.原判決は、本件意匠と引用意匠との相違点について、次の通り認定している.

「本件意匠の切刃部先端には、各切刃の端部に周側面から切り込みを入れて形成した直刃(すなわちエンドミル刃)が、外周に沿って等間隔に前方へ突出しており(右構成から明らかなとおり、エンドミル刃の数は切刃の数と同一となる.)、したがって本件意匠の左側面の中央には、四枚のエンドミル刃に囲まれた小円孔が現れることが認められる.」(原判決第一三丁裏七行~第一四丁表二行).

「これに対し、……引用意匠の切刃部先端には、各切刃の端部を周側面から切り込んだ形状を認めることはできないし、その右側面(切刃部先端の側面)の形状は不明である.」(原判決第一四丁表三~六行)

「したがって、本件意匠と引用意匠との間には、切刃部先端の具体的構成態様、すなわちエンドミル刃を設けているか否かの点において、明らかな差異があるといわなければならない.」(原判決第一四丁第六~九行)

三.原判決は、本件意匠と引用意匠との要部について、次の通り認定している.

(一) 原判決は、前述した本件意匠と引用意匠の共通点である基本的構成態様について、次の通り、これが意匠の要部であると認定している.

「リーマは、あらかじめドリル等で開けた下穴を所望の直径寸法に広げ、かつ、穴の内面を美しく仕上げるための切削用工具であって、その基部を機械装置のチャックに嵌合装着して回転させ、切刃部によって切削作業を行うものであることが認められる.そうすると、前記の本件意匠及び引用意匠に共通する基本的構成態様は、リーマとして不可欠の構成にかかわるものであって、もとより各意匠の要部を成すというべきである.」(原判決第一二丁裏一一行~第一三丁表七行)

(二) 原判決は、前述した本件意匠と引用意匠の相違点であるエンドミル刃の点について、次の通り、これが意匠の要部であると認定している.

「前記のリーマの用途ないし使用態様を考慮すると、その切刃部先端は、切削作業の開始に当たってリーマを下穴ヘスムースに位置決めすべき重要な機能を有する箇所として、需要者である看者の注意を強くひく部分であると認めるのが相当である.したがって、リーマの意匠においては、エンドミル刃は意匠の要部と成り得る部分というべきであって…」(原判決第一四丁表一〇行~裏五行)、「エンドミル刃の特定の形状がリーマの意匠の要部を成すか否かは、それぞれのリーマの意匠について、そのエンドミル刃の具体的な形状がどの程度、需要者である看者の注意をひくものであるかを個々的に検討して判断すべき事項である.そして、本件意匠の切刃部先端の具体的構成態様は、その左側面に現れるいわゆる四つ石紋様のみによって特徴付けられるのではなく、前記のとおり、各切刃の端部に周側面から切込みを入れて形成したエンドミル刃を外周に沿って等間隔に前方へ突出させている形状によって際立って特徴付けられているのであり、この点は需要者である看者の注意をひくに足りるものと認められるから、切刃部先端の右具体的構成態様は本件意匠の要部を成すとするのが相当である.」(原判決第一五丁裏六行~第一六丁表七行)

第三.原判決は、右の共通点と相違点並びに意匠の要部の認定の結果、次の通り、本件意匠は引用意匠と非類似であると判断している.

「本件意匠と引用意匠は、意匠の要部である基本的構成態様において共通し、切刃の数及びそのねじれ角度の具体的構成態様もほぼ共通するが、本件意匠はその切刃部先端に特定の形状のエンドミル刃を設けている点において引用意匠との間に差異があり、しかも切刃部先端の右具体的構成態様は本件意匠の要部を成すと認めるべきものである.そして、本件意匠においては、要部である切刃部先端の右具体的構成態様は、引用意匠と共通する基本的構成態様が起こさせる美感に埋没することなく、本件意匠の独自の美感を特徴付けているものと認めるのが相当である.

したがって、前記のとおり引用意匠の切刃部先端にエンドミル刃の存在を認めることが全くできない以上、本件意匠が引用意匠に類似すると認める余地はないから、意匠法第三条第二項の規定を根拠とするなら格別、本件意匠は同条第一項第三号の規定に違反して登録されたものでその登録は無効とすべきものとした審決は違法であって、取消しを免れない.」(原判決第一六丁表八行~第一七丁表三行)

第四.上告理由第一点

原判決は、本件意匠の要部を認定するに際し、その類似意匠を参酌すべきであるとしているが、意匠登録を無効であるとした審決の取消しが求められている本件訴訟において、類似意匠により本件意匠の要部を認定するのは誤りであり、意匠法第一〇条第一項、第二二条、第五〇条第二項の規定の解釈に違背がある.

一.即ち、原判決は、「リーマの意匠においては、エンドミル刃は意匠の要部と成り得る部分というべきであって、このことは、成立に争いない甲第四号証及び第五号証から認められるように、基部、軸部及び切刃部の形状が本件意匠とは必ずしも類似していないが、切刃部先端にエンドミル刃を設けた点においては本件意匠と共通する意匠が、本件意匠の類似2及び類似3の意匠として意匠登録されている事実によっても裏付けられるところである.」(原判決第一四丁裏三~一一行)と判示し、結局、類似意匠と共通点が見られるから、その部分に意匠の要部を認定すべきであると判断している.

二.然しながら、本件意匠に対して類似意匠登録された類似1(甲第三号証)、類似2(同第四号証)、類似3(同第五号証)の各意匠が何故に類似意匠登録されたのかどうか、また、果たして本当に本件意匠と類似しており類似意匠登録自体に瑕疵がないかどうかは、先ず本件意匠の要部を探究しなければわからないことであり、それが先決問題である.

蓋し、本件意匠と右の各類似意匠との共通点は、原判決が指摘するようなエンドミル刃の点だけでなく、螺旋突条の外周の形状(切刃部の螺旋突条の外周がきわめて狭い幅の平坦面しかなく、ほとんど三角形状に尖った形状である点)、溝の形状(切刃部の溝が鋭いV字形である点)等にもあり、これらの螺旋突条の外周の形状や溝の形状の共通点の故に類似意匠登録されたと解することも可能だからである.

換言すれば、右のエンドミル刃の点が共通しなくても、螺旋突条の外周の形状や、溝の形状の点において共通する意匠は、本件意匠の類似意匠として登録されたかも知れないのであり、このことは、右の類似1、2、3の各意匠が登録されている事実だけからは不明である.

三.ところで、本件意匠の登録拒絶審決の取消請求事件(昭和五二年(行ケ)第一七七号)における判決は、「本願意匠と引用意匠の切刃部は、前記のとおり、先端のエンドミル刃の有無、螺旋突条の数、ねじれ角、ピッチ及び外周の形状(上告人注・前記螺旋突条の外周の形状の点)並びに溝の形状(上告人注・前記溝の形状の点)において相違し、切刃部におけるこれらの相違点は、前記の基本構成、基部後端の板状部の形状、細部の平滑な態様における共通点の存在にもかかわらず、看者の注意を惹くところであり、……したがって、両意匠を全体的に観察するならば、切刃部における相違から、本願意匠が看者に対して与える印象は引用意匠と異なり、両意匠は互いに類似しないものというべきであるから、本件審決の判断は誤りである.」と判断しており、本件意匠の要部が「エンドミル刃」の点にのみあるものでないことを明らかにし、正しく判断しているのである.

四.そもそも、登録を無効にすべき旨の審決は、そもそも特許庁の登録行為を誤りとし、登録に際してなされた審査審理の判断を覆すも「のである.即ち、無効審判の審理は、当該登録についての謂わば再審査ともいうべきものであり、その登録に瑕疵がないかどうかを判断しなければならず、当初から登録に瑕疵がないと決めつけて審理するものではない.

このことは、当該登録に付帯する類似意匠登録についても同様に解すべきである.蓋し、意匠法は、類似意匠の意匠権は本意匠の意匠権と合体するとし(第二二条)、本意匠の意匠登録についての無効審決の効果がそのまま類似意匠の意匠登録に及ぶとし(第五〇条第二項)、類似意匠登録のみの無効審判について明文の規定を有していないのであるから、本意匠の登録無効審判請求は、類似意匠の有効無効の問題を必然的に生起すると解しなければならない.

従って、無効審判事件においては、本件意匠に類似意匠が存在するからといっても、当初からその類似意匠登録が正しいものと決めつけて審理することは許されるべきでない.

五.そうすると、原判決が類似2及び類似3の意匠を引用して本件意匠の要部を認定したことは、事実認定に重大な誤りがあるばかりでなく、当該類似意匠登録が当然に確定した有効なものであることを前提として判断したものであり、類似意匠制度及び無効審判制度の解釈に明らかな誤りがある.

第五.上告理由第二点

原判決は、本件意匠の要部認定を誤った結果、意匠法第三条第一項第三号の規定の適用を誤ったものである.

一.即ち、原判決は、「切削工具の切刃部先端にエンドミル刃を設けることは本件意匠の登録出願前に公知ないし周知であり、しかも本件意匠のエンドミル刃はありふれた四つ石紋様であるから、本件意匠のエンドミル刃は意匠の要部であり得ない」との上告人(被告)の主張に対して、「たとえ一般に切削工具の切刃部先端にエンドミル刃を設けることが公知あるいは周知であったとしても、そのことをもって、リーマのエンドミル刃の特定の形状、すなわち切刃部先端の具体的構成態様がおよそリーマの意匠の要部となり得ないとすることはできない.」(原判決第一五丁表八行~裏六行)と認定し、その結果、「引用意匠の切刃部先端にエンドミル刃の存在を認めることが全くできない以上、本件意匠が引用意匠に類似すると認める余地はない…」(原判決第一六丁裏八~一〇行)と結論した.

二.然しながら、本件意匠において、切刃部先端に「エンドミル刃」を設けた点は、英国特許第七五三八三六号明細書の図面(甲第八号証、原判決別紙第四)、英国特許第一〇二三七六八号明細書の図面(甲第九号証、原判決別紙第五)、米国特許第二三七七三二九号明細書の図面(甲第一〇号証、原判決別紙第六)、実開昭四七-一九八七四号公報(乙第二号証)、カタログ「REAMERS」(乙第三号証)、「切削加工技術便覧」(乙第四号証)、特開昭四六-三八九四号公報(乙第六号証)、「The Tool and Manufacturing Engineer」(乙第七号証)に示されるように周知のことであり、右の点に本件意匠の要部を認めることは誤りである.

三.また、本件意匠の「エンドミル刃」の更に具体化された構成態様の点、即ち、「各切刃の端部に周側面から切込みを入れて形成したエンドミル刃を外周に沿って等間隔に前方へ突出させている形状」の点についても、前掲の甲第九号証、甲第一〇号証、乙第二ないし四号証、乙第六及び七号証に示されるように周知のことであり、この点に本件意匠の要部を認めることは誤りである.

四.そうすると、右の周知事項の点に本件意匠の要部を認定し、引用意匠にこの点が存在しないとの一事を以て本件意匠とは非類似であるとした原判決は、本件意匠の要部認定を誤り、その結果、意匠法第三条第一項第三号の規定の適用を誤ったものである.

第六.上告理由第三点

原判決は、意匠の「同一性」の問題と「類似」の問題とを混同し、その結果、意匠法第三条第一項第三号の規定の適用を誤ったものである.

一.即ち、「切削工具の切刃部先端にエンドミル刃を設けることは本件意匠の登録出願前に公知ないし周知であり、しかも本件意匠のエンドミル刃はありふれた四つ石紋様であるから、本件意匠のエンドミル刃は意匠の要部であり得ない」との上告人(被告)の主張に対して、原判決は、「たとえ一般に切削工具の切刃部先端にエンドミル刃を設けることが公知あるいは周知であったとしても、そのことをもって、リーマのエンドミル刃の特定の形状、すなわち切刃部先端の具体的構成態様がおよそリーマの意匠の要部となり得ないとすることはできない.」(原判決第一五丁表八行~裏六行)と認定し、その理由について、「エンドミル刃の特定の形状がリーマの意匠の要部を成すか否かは、それぞれのリーマの意匠について、そのエンドミル刃の具体的な形状がどの程度、需要者である看者の注意をひくものであるかを個々的に検討して判断すべき事項である.そして、本件意匠の切刃部先端の具体的構成態様は、その左側面に現れるいわゆる四つ石紋様のみによって特徴付けられるのではなく、前記のとおり、各切刃の端部に周側面から切込みを入れて形成したエンドミル刃を外周に沿って等間隔に前方へ突出させている形状によって際立って特徴付けられているのであり、この点は需要者である看者の注意をひくに足りるものと認められるから、切刃部先端の右具体的構成態様は本件意匠の要部を成すとするのが相当である.」(原判決第一五丁裏六行~第一六丁表七行)と判断している.

従って、原判決によれば、本件意匠と類似すべき意匠は、原判決がいう基本的構成態様(基部、軸部、切刃部の構成態様)と、エンドミル刃の存在と、該エンドミル刃の具体的構成態様とを全てそっくりそのまま具備した意匠に限定されるべきことになり、謂わば本件意匠とほとんど同一の意匠のみが類似関係にあることになる.

二.また、原判決は、「本件意匠のエンドミル刃はその長さが物品全長の僅か三%にすぎないから意匠の要部であり得ない」との上告人(被告)の主張に対して、「意匠に係る物品の機能上重要な部分である限りは、たとえその部分の大きさが物品全体の大きさの中ではわずかな割合いにとどまるとしても、需要者である看者の注意を強くひくことに変わりはないというべきであるから、被告の右の主張は理由がない.」(原判決第一五丁表三~七行)と判示している.

従って、原判決によれば、物品の全体に比して極めて僅かな部分において相違する意匠は本件意匠と非類似であることになり、換言すると、本件意匠と類似すべき意匠は、寸分違わず共通している意匠のみが類似関係にあることになる.

三.右によれば、原判決が考えている「意匠の類似」は、「意匠の同一」と等しいことになり、両者に区別がないことになる.

然しながら、意匠法は、意匠の新規性について、第三条第一項第二号に「意匠登録出願前に日本国内又は外国において頒布された刊行物に記載された意匠」を規定する一方、同条同項第三号に「前二号に掲げる意匠に類似する意匠」を規定している.即ち、新規性について、同一の意匠を前記第二号に規定し、類似の意匠を前記第三号に規定し、彼此相互に異なる概念のものとして区別しているのである.

そして、本件審決は、本件意匠が引用意匠と類似するから意匠法第三条第一項第三号の規定により登録を無効とすべきであると判断したのであり、決して、同条第一項第二号の規定を適用しているのではないのである.

果たしてそうすると、原判決は、引用意匠が本件意匠とほとんど同一でない限り本件意匠登録は無効とすべきでないと判断しているに等しく、「意匠の類似」と「意匠の同一」の問題を混同し、意匠法第三条第一項第三号の規定を有名無実化し、同規定の解釈適用を誤ったものである.

第七.上告理由第四点

原判決は、本件意匠と引用意匠について、何れも意匠の要部であると認定した共通点と相違点を、意匠の類否判断に際して比較衡量すべきであるのに、相違点を以て直ちに非類似であると判断したもので、共通点につき審理不尽があり、意匠法第三条第一項第三号の規定の適用に誤りがある.

一.即ち、原判決は、「前記の本件意匠と引用意匠に共通する基本的構成態様は、リーマとして不可欠の構成にかかわるものであって、もとより各意匠の要部を成すというべきである.」(原判決第一三丁表五~七行)と判示し、「リーマの基本的構成態様に関する共通点」が本件意匠及び引用意匠の要部であると認定している.

一方、原判決は、「需要者である看者の注意をひくに足りるものと認められるから、切刃部先端の右具体的構成態様は本件意匠の要部を成すとするのが相当である.」(原判決第一六丁第五~七行)と判示し、本件意匠と引用意匠との「エンドミル刃の具体的構成態様に関する相違点」が本件意匠の要部であると認定している(但し、この点は周知の事項であり、本件意匠の要部となり得ないことは前述の通りである).

二.そこで、原則論としては、一方の意匠と他方の意匠との類否を判断するに際し、何れも要部と見られる共通点と相違点が存在する場合、これを全体的に観察して共通点と相違点を比較衡量し、その結果、類似するか否かを判断しなければならない.例えば、意匠を全体的に観察して、共通点が相違点を凌駕するならば意匠は類似し、反対に、相違点が共通点を凌駕するならば意匠は非類似であることになり、このように共通点と相違点との軽重を見比べなければならないのである.

然るに、原判決は、単に「本件意匠においては、要部である切刃部先端の右具体的構成態様は、引用意匠と共通する基本的構成態様が起こさせる美感に埋没することなく、本件意匠の独自の美感を特徴付けているものと認めるのが相当である」(原判決第一六丁裏三~七行)とし、その結果、単純に「したがって、前記のとおり引用意匠の切刃部先端にエンドミル刃の存在を認めることが全くできない以上、本件意匠が引用意匠に類似すると認める余地はない」(原判決第一六丁裏八~一〇行)と判断し、前記共通点と相違点の比較衡量を怠り、明らかな審理不尽がある.

因に、右の相違点(エンドミル刃の具体的構成態様)は、本件出願前に極めて周知であるばかりか、物品の大きさ全体から極めて僅かな部分に過ぎないから、仮に、原判決が認定するように、これを本件意匠の要部であると認め得るとしても、それが要部であるからといって直ちに引用意匠に対する非類似要素となり得ると考えることには、論理の飛躍がある.

第八.上告理由第五点

原判決は、意匠法第三条第一項第三号と同条第二項とを混同し、その結果、第三条第一項第三号の規定の適用を誤ったものである.

一.即ち、原判決は、「意匠法第三条第二項の規定を根拠とするなら格別、本件意匠は同条第一項第三号の規定に違反して登録されたものでその登録は無効とすべきものとした審決は違法であって、取消しを免れない.」(原判決第一六丁裏一〇行~第一七丁表三行)と判示し、あたかも本件は意匠法第三条第二項の規定が適用されるべき事案であるかの如く述べている.

そこで、右の判示内容を考察すると、原判決は、前述した相違点(エンドミル刃の具体的構成態様)が甲第八~一〇号証並びに乙第二~四号証及び乙第六~七号証により周知であることに鑑み、その結果、本件意匠は「意匠登録出願前にその意匠の属する分野における通常の知識を有する者が日本国内において広く知られた形状…に基づいて容易に意匠の創作をすることができた」(意匠法第三条第二項)場合に該当することはあっても、少なくとも、新規性に関する意匠法第三条第一項第三号の適用を受ける事案ではないと判断しているようである.

二.然しながら、本件意匠の前記相違点(エンドミル刃の具体的構成態様)が周知であることは、それにより右のエンドミル刃の具体的構成態様が本件意匠の要部となり得ないことに外ならない.あるいは右のエンドミル刃の具体的構成態様が本件意匠のうちウエートの小さい部分であることに外ならない.そうすると、この場合、本件意匠は引用意匠と類似し意匠法第三条第一項第三号の新規性を欠如すると判断されるべき事案であり、同条第二項(創作性)の問題として判断すべき事案ではない.

この点は、例えば、御庁昭和三九年六月二六日判決(昭和三七年(オ)第三八〇号)において、「原審の確定した事実によれば、天窓は、引用意匠から、特別の考案を要せずして、容易に着想実施し得べきものであり、その余の考案のごときも、部分的で軽微な差異にすぎない.したがって、天窓の考案が要部に存するものであると認められるにしても、全体として観察する場合、新規性に欠けるもので、原審は法令の解釈適用を誤ったものである」と判示し、天窓の部分が「容易に着想実施」できる程度のものである事案についてこれが創作性(意匠法第三条第二項)ではなく、新規性(同条第一項第三号)を適用すべきであると判示されている通りである.

三.そうすると、原判決は、本件について、意匠法第三条第二項を適用すべき事案であると誤解し、その結果、意匠法第三条第一項第三号の規定を適用すべきであるのに、同規定の解釈適用を誤りこれを適用しなかった違法がある.

第九.依って、原判決は破棄されるべきである.

以上

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例